てつがくカフェ第57回「『震災遺構』って何?」
■ 日時:2017 年 2 月 18 日(土)14:00-16:30
■ 会場:せんだいメディアテーク 7f スタジオa
■ ファシリテーター:西村高宏(てつがくカフェ@せんだい)
■ 参加無料、申込不要、直接会場へ
《今回の問いかけ》
被災地ではいま、「震災遺構」をめぐる議論が繰り広げられています。被災地の自治体は、震災以降、「遺構」にかかわる調整会議や委員会、さらには有識者会議などをそれぞれに立ち上げ、市民からの意見などを踏まえながらこの困難な問いに向き合っています。
後世に教訓として伝えるために被災した建物を「遺構」として保存(存置)するべきか、あるいは直接的な被害を被った被災者があらためてこの惨事を思い起こすことがないように、すべて解体するべきか。被災した自治体が最終的な判断を下すまでに相当過酷な道のりが待ち構えていることは容易に察することができます。
この問いが困難なのは、それが、市民からの意見を集約すればするほどひとつの明確なこたえや方向性から遠ざかってしまうような、まさに一筋縄ではいかない性格を備えたものだからなのかもしれません。震災で43人の尊い命を喪った宮城県南三陸町の防災対策庁舎のように、保存が決定するまでに20年余りを要した広島の原爆ドームにならい、保存の是非に関する最終的な判断を次の世代に託した例もあるほどです。
とはいえ、「遺構」を残すべきか残さざるべきか、あるいはそうすることがよいのか悪いのかなどといったそれぞれの立場の〈隔たり〉や〈対立〉を際立たせるような問いのたて方からだけは、この困難さを解きほぐすには相当無理があるように思われます。なぜなら、そこには、そもそも市民にとって「震災遺構」とは何なのか、あるいは「遺構」として「価値のあるもの」、「相応しいもの」とははたしてどのようなものなのか、さらには、被災地が残すべきものとはそもそも何なのかなどといった、本来「震災遺構」が備えている(べき)特性や意味そのものについて吟味する丁寧さが抜け落ちているように思われるからです。
先日、朝日新聞の朝刊(2016年10月11日付)で、「壊れた女神像と共に模索する女子大生」という見出しがつけられた面白い記事(編集委員・石橋英昭)を見つけました。その記事は、石巻出身で現在は東京の芸術大学に通う大学生が、津波で片足をなくした石巻の「自由の女神」像を譲り受け、それに「遺構としてのオリジナルの価値」を見出しながら卒業制作を行なっている、と伝えていました。自由の女神像は、FRP樹脂製で、震災で壊れる前は背丈10メートルほどもあり、石巻の会社経営者によって旧北上川の中州にオープンしたマリンパークに据えつけられていたのだそうです。また記事によれば、震災当初、この破壊された港町に立ち続ける女神像を「復興の象徴」とみる人もおり、ニューヨーク市長は「不屈の精神を表す」とのメッセージを寄せ、石巻市長も「震災遺構として考えていいのでは」と発言したとも書かれています。しかし、その後、像の劣化が激しくなったことで切断・撤去され、それを「遺構」として保存しようとする機運も急速に冷めてしまったとのことです。その機運の冷め具合にあわせるかのように、この像を「遺構として残す価値がある」と考える人たちも一気に減少していきます。そしてその際、そう考える理由の大半が、そもそも「石巻に像が存在した歴史はごく浅い」、「レプリカの自由の女神像は日本中のパチンコ店やラブホテルでおなじみで、『石巻らしさ』がないからか」などといった、「遺構としての価値」の有無に関するものだったそうです。そこで、彼女のなかでは次のような問いが芽生えてきます。「被災地が残すべきモノって何だろう」。「市民が理想とする震災遺構って何」。
「同じ中瀬にあり、日本最古の木造教会堂として知られた旧石巻ハリストス正教会は、現地で復元される。石巻では惨事の舞台、大川小校舎の保存も決定。岩手県陸前高田市では、枯死した『奇跡の一本松』が人工的によみがえった」。はたして、それらの被災した建造物とこの女神像との何が異なっているのか。また、それらのあいだに「遺構としての価値」の有無を際立たせるようないかなる視線や基準があるというのか。
わたしたちは、「遺構」を残すべきか残さざるべきかといった〈隔たり〉を際立させる議論の前に、彼女の投げかけるこの直線的な問いかけに真摯に向き合ってみたいと思います。この作業をとおしてこそ、はじめて、「遺構」の問題がもつ困難さを解きほぐすことに着手できる糸口がつかめるような気がします。みなさま、是非ご参加ください。
西村高宏(てつがくカフェ@せんだい)
◆ 問合せ:mmp0861@gmail.com(てつがくカフェ@せんだい 西村)
◆ 主催:てつがくカフェ@せんだい、せんだいメディアテーク
◆ 助成:一般財団法人 地域創造
《てつがくカフェとは》
てつがくカフェは、わたしたちが通常当たり前だと思っている事柄からいったん身を引き離し、そもそもそれって何なのかといった問いを投げかけ、ゆっくりお茶を飲みながら、「哲学的な対話」をとおして自分自身の考えを逞しくすることの難しさや楽しさを体験していただこうとするものです。
てつがくカフェ@せんだい http://tetsugaku.masa-mune.jp
〔 市民団体、<問い>をたてる 〕
第57回てつがくカフェ「震災遺構って何?」レポート
今回は、「『震災遺構』って何?」というテーマで対話を深めていきました。
震災から6年を目前にした今、対等性の作法のもとで、じっくりと言葉を交わしました。
まず、参加者の方から「震災遺構は一義的なものでなく、多義的なものでないといけないのでは?」という投げかけがあり、理解の幅や解釈、当事者性などの観点から、意見を出し合いました。
ここでは、震災遺構はあの時から続いている「遺物」なのか、あるいは、日常に馴染まない「異物」なのか。また、陸前高田の「奇跡の一本松」、気仙沼の「第18共徳丸」、そして「被災当時に撮った写真」は、一体どのような立場をとるのかといった意見がありました。
私たちは遺構によって何を伝えたいのでしょうか。
残された「モノ」として…誰に向けるかという「宛先」は…
記憶は「モノ」に影響されます。よって遺構は、「祈りの対象」として、あるいは「よすが」として在るのかもしれません。
一方で、自分が危険な目に遭った場所、または大切な人が亡くなった場所をさらす覚悟、あるいは引き受ける覚悟はあるのか、という意見もありました。
また、遺構のそばで日々の暮らしを営む「当事者ではない当事者」についても考える必要がありそうです。
対話は進み、震災遺構は、「シンボル」や「当事者性」が物語性をもつことで価値が立ち上がってくるという展開になりました。
続いて、これまでの対話を踏まえて、キーワードを挙げていきました。
ここで挙げられたキーワードは次のとおりです。
<キーワード>
・なぜ残すのか?(誰が?/誰に?)
・ポルノ(感動etc)
・悲惨さ/ひろがり
・どう残すのか?
・印象
・モノ(として災害が見える)/ストーリー性(当事者間での)
・異物(言語化以前のモノとして残すのか、語るモノとして残すのか?)
・よすが
そして、キーワードをもとに、「震災遺構とは」に応えるかたちで定義付けを行いました。
<定義>
震災遺構とは
・センチメンタルなストーリーに流されてはならないものである
・つなぐものである
・思考の/ことばの/「ものがたり」のはじまりである
キーワードや定義について考える時、「伝えること」と「祈り」の両立は難しいとの意見がありました。また、「伝えること」の中には「伝えにくいこと」「伝えてはいけないこと」、あるいは「語りえないものを語ること」などがある、との意見もありました。
今回のテーマにおのおのが思いを馳せて、対話を通して自身の考えを深められたことと思います。
報告:木村 涼子(てつがくカフェ@せんだい)
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