第12回「震災と教育」
■ 会場:せんだいメディアテーク 7f スタジオa
■ ゲスト・ファシリテーター:寺田俊郎(カフェフィロ会員/上智大学教員)
■ 参加無料、申込不要、直接会場へ
■ 問合せ:tanishi@hss.tbgu.ac.jp (西村)
■ 主催:せんだいメディアテーク、てつがくカフェ@せんだい
震災と教育
2012年1月26日付のある新聞記事(共同通信社)が、防災対策庁舎から町民に無線で避難を呼び掛け続けて津波の犠牲になった南三陸町職員の行動を、埼玉県教育局が県内の公立小中学校およそ1250校で使用される道徳教材に「天使の声」として掲載する予定であると伝えていました。実際に犠牲になられた町職員の行動それ自体は称賛されるべきものなのかもしれません。しかしながら、それが「道徳」もしくは「美徳」といった切り口で学校教育の現場で子どもたちに伝えられることに対しては多くの方が〈違和感〉を感じられるのではないでしょうか。この〈違和感〉は、はたしてどこから来るものなのでしょうか。
震災後一年以上が経過した今、教育の現場ではさまざまな問題が見受けられるように思われます。
文部科学省が小中高校それぞれに対応して新たに作成した「放射能に関する副読本」についても、「放射能は身近にあるもの」などといった文言が掲載されるなど、「内部被ばくの危険性そのものを過少評価」する内容であることが指摘されています。そこには、今回の原発事故の問題をあらためて問い直し、またそれを子どもたちにも乗り越えるべき重大な〈問い〉もしくは〈課題〉として引き継いでいかせようとする教育的な配慮は微塵も見当たりません。
わたしたちは、子どもたちに今回の震災という〈出来事〉をどのように教えるべきなのでしょうか。被害の状況を端的な〈数値〉として偽りなく伝えるだけでよいのでしょうか。あるいはまた、避難時に困難な状況に立ち向かった人たちの使命感や責任感を「道徳」といった切り口から理解させるべきなのでしょうか。教育の問題はいわゆる「学校教育」だけの問題ではありません。地域での子どもたちへの教育、家庭での教育など、幅広い切り口から、さまざまな立ち位置の方々を巻き込んで考えるべきものです。震災後一年以上が経過した今、一度、そもそも今回の震災を子どもたちにどのように教えるべきなのかといった問題をみなさんとともに考えてみたいと思います。そういった問いのなかから、「教育」というものがもともと抱え込まざるを得ない問題性や、「教育」が健全に機能している状態とはそもそもどのような状態なのかといった遡行的な問いかけについても、みなさんとともにじっくりと対話を重ねてみたいと思います。みなさま、どうぞご参加ください。(てつがくカフェ@せんだい 西村高宏)
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てつがくカフェとは
てつがくカフェは、わたしたちが通常当たり前だと思っている事柄からいったん身を引き離し、そもそもそれって何なのかといった問いを投げかけ、ゆっくりお茶を飲みながら、「哲学的な対話」をとおして自分自身の考えを逞しくすることの難しさや楽しさを体験していただこうとするものです。
てつがくカフェ@せんだい http://tetsugaku.masa-mune.jp
第12回てつがくカフェ「震災と教育」 レポート・カウンタートーク
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今回のテーマは「震災と教育」でした。主には南三陸町の町職員で、防災無線で住民に避難を呼びかけ続け、津波の犠牲となってしまったエピソードが、埼玉県の道徳の教材として取り上げられたことについて話が進みました。
最初に参加者から上がった声は、被災地のことを風化させないためにも、教材として採用するのは良いことではないかという意見でした。たしかにこのエピソードが教材として使われることには犠牲になった職員のご両親も同意された上なので、それはきっとこのことを記憶に残して欲しいという願いもあるのでしょう。教材として扱うのは悪いことのようには思えません。しかしそれでも、「教科書にどう残すのか?」という問いは残ります。今日二番目に発言された方の発したこの問いは、今回の議論の中心であり続けました。
ほかにも今回のテーマについて家から練ってこられた意見や、被災地の現状など、多岐にわたる話題がでました。ファシリテーターの寺田さんはそれらを切り捨てもせず、しかも軸から離れもせずに進行をされていました。今回の私のレポートでは、「震災のことを教科書(教材)にどう残す?」という問いを中心として今回出た応答を振り返ってみたいと思います。
意識的であれ無意識的であれ、この問いに対して答えた多くの方々の念頭にあったのは、南三陸町の町職員のエピソードを「津波対策」の教訓として教育現場で使うしかないのではないかということです。たとえば、震災前、行政の対応不足で防災無線が自動化できなかったのだとか、過去の津波被害の経験をもっと広めておくこともできただとか、そういった“事実”に関する情報を教材に盛り込んだほうがいいだろうという意見がありました。これらは「どう残す?」という問いに対して「どうしたら町職員さんは死ななかったか」という観点から答えるものです。この観点の答えの背後にはさらに、「次の津波で被害者を出さないため」という教育の目標が立てられているのが透けて見えます。しかしほんとうに「道徳」という科目で教えることは、教訓や対策といった“事実”だけにあるのでしょうか。
ところで今述べたように、今回のてつがくカフェにおいて学校で教えることは“事実”に終始した方がよいという傾向の意見が多くありました。その理由は、学校の授業で取り上げるかぎり、生徒が「あのエピソードをどう感じるか」、「亡くなられた職員の行動をどう評価するか」に対する「正解」を押し付けてしまうことになるであろうからでした。これには学校教育に対する先入見も含まれますが、たしかに学校という場所は、多かれ少なかれ子どもたちに「先生からの評価」を気にさせてしまうものです。中には教員の側にもエピソードに関して善悪を「教え」ようとするものもいるかもしれません。こうした事態に対しては、どなたも懸念を抱かれていました。だから震災を教材とするなら“事実”を教えるのが限界だろうと。
しかし、実際に教員をやっている参加者(仙台や南三陸の小学校教員の方も参加しました。)を初め(?)として、いくつかの発言は震災教育が“事実”を教えること以上を教えうるという観点に立っていたように思います。たとえば、教材を発端として子どもたちに「これからどう生きていくか」や「命の大切さ」を考えさせることを道徳の授業でやるべきだという発言がありました。これらは「考えるべき」事柄であるけれど、放っておいても小中学生がこうしたことを考えるのは中々難しいだろうから、亡くなられた職員のエピソードをきっかけに授業で考えさせようということです。ただし子どもたちに教師の価値観を押し付けずに自分たちの頭で考えさせる、というのは教師の力量が必要とされます。カフェ終了後のカウンタートークでの話題になりますが、授業の内容が完全に教師の力量次第というのもすこし怖い。
そもそも「どう生きていくか」とか「命の大切さ」を考えさせることだけならば、なにも死者を取り上げる(あるいは「祭り上げる」?)必要はないのです。どうして死んでしまった彼女を特別に取り上げる必要があるのか、という声もありました。
今日のてつがくカフェの議論において、あの中心的問いに沿って進んだのはここまででした。あくまで「震災のことを教科書(教材)にどう残す?」という問いを軸として考える限り、話題は「“事実”に終始すべき」と「子どもたちに考えさせるきっかけとして利用すべき」というふたつの意見の間を行き来して終わったように思います。
話題をあの問いに集約させ、さらにそこを立地点として進んだその後の展開は、おおよそファシリテーターの寺田さんの思惑通りだったと思います。思惑どおりにカフェの場を組み立てられるのはすごい。
しかし哲学カフェでやれることがここに留まる必要もありません。というのも、今日の議論にはまだまだ大量の、暗黙のうちに共有された前提が含まれていたからです。たとえば今日の場では「学校教育で教えられるのは正解/不正解だけ」ということがいつの間にか前提とされていました。それゆえ善悪などの価値判断を取り上げるべきでなく、だから授業は“事実”に終始すべきという帰結に至ったのでした。けれども、果たして本当に学校は善悪について何も教えられないのでしょうか。あるいは、それどころか、学校は善悪についてほんとうに何も教えていないのでしょうか。たしかのこのような問いも成り立ちます。加えてカウンタートークで出たことですが、「事実」を教えると言ってもそれが編集されて、提供されてしまうのは不可避なことです。単純に「事実を扱えばいい」と言って済ますわけにもいかないのです。
いっぽうで、道徳の授業で子どもたちに「考えさせる」といいますが、ただ唸っていればよいというわけでもないでしょう。道徳で子どもたちに「考えさせたい」と言うとき、もしかしたら先生の頭には「発展した考え方」のイメージがあって、それを子どもたちに身につけさせたいから、そう言っているのかもしれません。今日の場ではなんとなく、子どもたちがあれこれ「考える」のがよいことであるという認識が暗黙のうちに了解されていて、「それではどうやってそれをさせようか」「難しいね」というやりとりで終わってしまっていました。
このように「難しい」という言葉で議論が停滞したところで時間が切れてしまったのが今回でした。それでも暗黙に了解された前提から、「難しい」と言わずにはいられないところまで話が進んだのは端的に進行の仕方が良かったからだと思います。しかし、てつがくカフェでやれるのはここに留まらず、むしろここからであるのかもしれません。認識の先端で行き止まり、フラストレーションさえも感じられる限界点においてふと、翻って前提を見直してみる。こうしてこそほんとうに新しい視界を手に入れられるのであり、この経験こそ普通に日常を過ごしていては味わえない、哲学することの醍醐味であると思うのです。
最後はわたしの勝手な哲学カフェのイメージですが、こういうイメージをもって哲学カフェのスタッフをやろうと思った次第です。最後はひとまずわたしの自己紹介として受け取ってください。これからどうぞよろしくお願いいたします。
報告:綿引周(てつがくカフェ@せんだい)
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板書のまとめ
黒板1枚目
黒板2枚目
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◎ 第12回てつがくカフェ「震災と教育」カウンタートーク
カフェ終了後に行ったスタッフによる延長戦トークです。以下より視聴できます。
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