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せんだいメディアテーク
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てつがくカフェ

第27回 「震災とセクシュアリティ2」

■ 日時:2013 年 12 月 22 日(日)15:00−17:00
■ 会場:せんだいメディアテーク 6f ギャラリー4200
■ 参加無料、申込不要、直接会場へ
■ 問合せ:tanishi@hss.tbgu.ac.jp (西村)
■ 主催:せんだいメディアテーク、てつがくカフェ@せんだい
■ 協力:レインボーアーカイブ東北、性と人権ネットワークESTO
♀×♀お茶っこ飲み会・仙台
■ 助成:財団法人 地域創造

 

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10 月の「てつがくカフェ」では、震災時のセクシュアルマイノリティの方々の困難がまだ 問われていない現実を出発に対話を始めました。震災を経て、やっとフラットに語ろうと試 み始めて、私たちはこれから何を問うていけばよいでしょうか。今回は 10 月に出た言葉や 問題をさらに堀深めつつ、問いを出していきたいと思います。対話の中で、思考や感覚に言 葉がついていかないこともあるかもしれません。相手の言っていることがわからなくて、さ らに恐くなって嫌になる危険性も承知しています。しかしその揺れは、これまでの「当たり前 」がはめていた枠の、外の世界を見るスタート地点になるかもしれません。

「てつがくカフェ」は、たとえば「セクシュアルマイノリティの方々が受け入れられるよう に…」というような、直接的に世の中を変えようとする活動ではありません。ただ、誰かと ともに言葉を探していきたいと考えています。私たちの「なか」を、誰かとの「あいだ」を、 たゆたい、揺れ、まだ名付け方のわからない感情や考えを。そうやって自分を整理していく ことで、セクシュアリティの問題のように、社会の中で揺れている問題を耕していければと 考えています。

「私は夢見る、私の性別が消えることを」―これは 11 月 7 日からはじまるせんだいメディ アテークの企画展「LOVERS 永遠の恋人たち」の会場や、シアター上映「性の凛」プログラ ム内で上映されるダムタイプの作品「S/N」の中に表れる言葉です。この言葉には、性別の 「男・女」などのカテゴリーで人を見る見方を消し去って、もっと自由に、遊ぶように在る ことができる可能性を示唆する言葉とも受け取れます。私たちは枠の外の景色に何を見るの か、一緒にチャレンジできたらと思っています。

 

房内まどか(てつがくカフェ@せんだい)
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てつがくカフェとは
てつがくカフェは、わたしたちが通常当たり前だと思っている事柄からいったん身を引き離し、そもそもそれって何なのかといった問いを投げかけ、ゆっくりお茶を飲みながら、「哲学的な対話」をとおして自分自身の考えを逞しくすることの難しさや楽しさを体験していただこうとするものです。

てつがくカフェ@せんだい http://tetsugaku.masa-mune.jp

第27回てつがくカフェ「震災とセクシュアリティ2」レポート

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今回のてつがくカフェでは、まず、ファシリテーターの房内から、てつがくカフェ@せんだいでは対話を通じてそれぞれの考えを逞しくしていくこと、またこの場の対話は「発言することについての安全を守る」「他の方の話を聴く」といったルールを設けていること、対話が促されるようにファシリテータという役を設けていること、などを紹介し、スタートしました。

今回の2回目となる「震災とセクシュアリティ」をテーマとする対話では、前回に続き、ご参加の皆さんから発言を集め、次いで、集まった発言からキーワードを選びながら意見や疑問を整理し、そして、皆さんと問いを立てることまで進めました。皆さんと立てた問いについては、今回は、持ち帰りとしました。次回、皆さんと立てた問いの中から1つを絞り込み、選んだ問いに沿ってさらに思考を深めていく、ということにします。

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今回の対話は、最初から最後まで、問いを立てるまで、ご参加の方々がお互いの発言に現れる言葉を捉えきれず、お互いになかなか意図を伝えらず、不満や苛立ちを感じたりもしつつ、そこを堪えて言葉を重ねて行く、そうした様な状態でした。そうした状態で対話が進むなか、様々な意見や疑問や事例の紹介や説明が交わされました。ご参加の皆さんがお互いの間にある経験・語彙・知識・認識・意識・考え方・態度などの質的な差異や量的な差異が大きいことに気づき、お互いに興味・驚き・戸惑い・疑問・不満・苛立ちを覚え、感想や意見を表明しあい、議論を進めるために必要な知識や情報を提供しあう、そのように進行しました。
対話は、少数派ではない方々からの驚きや戸惑いの表明から始まりました。性的な指向についての話は知っていたが「性自認」という考え方は知らなかった、自分の身体的な性と精神的な性の自認とで一致しないという問題があるということに驚いた、という発言がありました。問題をどう捉えたらよいか解らない、どう解らないかも解らない、という発言もありました。多数派の自分は、少数派の方について理解しないと付き合えないか、という疑問も挙げられました。少数派であることが生死に関わることもある、ということに驚きを覚え、大変な問題と思った、という発言もありました。他にもさまざまなな発言がありました。前回の対話を経て、多数派の方々が、ほとんど知らなかった少数派の方々について初めて知って意識するようになり、驚き、理解できず、戸惑い、疑問を解消したいと欲している、そうしたことの表明であったと思います。
多数派の方から表明された事柄について、少数派の方々から、具体的な事例の紹介や詳しい説明など、知識や理解の質や量の差や認識や意識の違いなどを埋めるような発言が多くなされました。それは、お互いの間にある知識や理解の質や量の差や認識や意識の違いなどによって生じる困難さを解消させたいと欲している、そうしたことの表明であったと思います。解説が必要になった言葉には、「セクシュアリティ」「セクシュアルマイノリティ」「ジェンダー」「性自認」「性的指向」「性同一性障害」「性分化疾患」「マイノリティ」「カミングアウト」等がありました。英単語、医学用語から、日常使うような日本語の単語まであり、ご参加の皆さんの間にセクシュアリティに関わる事柄についての経験の質的・量的な差異が大きく、お互いに言葉を通じるようにするだけでも困難が伴う、そうした状況を反映していたように思います。
そのようにお互いに言葉が通じない困難を伴いつつも、対話は進展しました。対話が進むと、私たちが身体に対して持つ意識はどのように形成されているか、多数派の方々は少数派の方々を意識して「みんな」を規定しているか否か、多数派の方々が少数派の方々を意識して「みんな」を規定するように理解を広めるにはどうするか、そうした「みんな」が一緒に居ることが可能な避難所などの場を作るにはどうしたらよいか、といったような方向に対話の内容が展開していきました。
たとえば、「規範」という語を介して、人々の内面化された意識、区分された少数派を生み出す意識についての意見が現れるようになりました。社会環境・生活環境・生活様式、人々がメディアを介して接する情報の在り様、そういったことの変化で、身体に対する優劣のイメージをすり込まれてはいないか、という疑問が挙がりました。
少数派の方々と多数派の方々との共通点を見出そうとする様な意見も現れました。性的な指向や自認は少数派の方々も多数派の方々も選べない、という意見がありました。
少数派であることと、多数派であることとが、実は非常に区分しにくい、ということも紹介されました。性分化疾患というのは医学的診断を受けて明らかになることであること、医学的な診断を受けないと判らないこと、診断を受けていれば少数派になるはずが診断を受けていないために何も気づかず知らないままの方もいること、少数派であることを意識せずに一生を終える方も多いこと、そうした状況についての紹介がありました。
「みんなの避難所」を考えるワークショップが各所で開催されているが、その「みんな」という語に少数派の方々が入っているか否か気掛かり、という発言がありました。「みんな」のなかにおいて年齢的な差や身体的な障がいの有無といった多様性などは認識されているが、性的な多様性について認識されているか否か気掛かり、ということでした。避難所で大勢が一緒に大部屋に集まる状況で、割り当てられた一区画に異性同士が一緒にいる場合は意識されないが、同性同士が一緒にいる場合は目立ってしまうこと、少数派の方にとって避難所に用意された大部屋で多くの人がお互いに見えるようになっている更衣室は使用が困難であり、個室が望ましいことなども紹介されました。また、避難所に風呂が用意されたが、その風呂は利用せず、しばらくの間は体を拭くだけで我慢した、という少数派の方の例も紹介されました。更衣室や風呂だけでなくトイレの話題もありました。少数派にとっては多目的トイレや大用/小用の区分だけで用意されたトイレが利用しやすい、少数派用に特別にトイレを用意してもらっても使用する者はいない、少数派用に用意されたトイレを使用したとすればカミングアウトとなって自らを危険に晒してしまう恐れがある、そういった意見がありました。
更衣室や風呂やトイレの話題に関して、物的な環境を整備して少数派の方々が困らないようにすることについて具体的に急いで議論すべきである、という意見がありました。それに対して、そうした物的な環境を整備するためには、少数派の方々について多数派の方々が理解していることや、理解できるように言葉を鍛えることが必要、といった意見もありました。

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こうした対話を経て、対話の中からキーワードを挙げて整理し、いくつかの問いが提案されました。

・社会で、なぜ「受け入れられない」ということが起こるのか?
・「みんな」の避難所の中の社会的ルールって何?
・セクシュアリティにとって、自然とは? 規範とは?
・セクシュアリティについての規範で、私たちはどう苦しんでいるか?
・自分の中で物事を規範化し内面化していく事をどうして行ったらいいのか?
・人間の性は動物の性と同じと考えてよいのか?
・多数派が人間の性を生物学的にだけ捉えるのはなぜか?

提案された問いは、今回は、持ち帰りです。次回、皆さんと立てた問いから1つに絞りみ、選んだ問いに沿ってさらに思考を深めていくことにします。

今回のてつがくカフェも、ご参加の皆さんの多くの発言と傾聴と考察とにより、とても有意義で充実した対話の場となりました。ご参加の皆さんのご協力に感謝します。ありがとうございました。
今回の対話では、ご参加の皆さんがお互いの間にある経験・語彙・知識・認識・意識・考え方・態度などの質的な差異や量的な差異が大きいことが見えることが何度もあり、お互いに興味・驚き・戸惑い・疑問・不満・苛立ちを覚えていることが見えることが何度もありました。前回のてつがくカフェにおいて、お互いの間での知識の共有が進み、少数派ではない方々が持っていたセクシュアリティということについてのイメージや意識が少しずつ変わり、少数派に属している方々が苦しんでいることについて、多数派の方々に伝わっていったように見えました。しかし今回の対話で、今までの対話を通じてご参加の皆さんの間で伝えられ共有できた知識は極々限られた一部に過ぎず、まだまだ少ない、ということが見えました。これはたんに「少数派の方々と多数派の方々」という「あいだ」に留まるものではなく、誰もが「セクシュアリティについてどれだけ自由に語れるか」を問われている、ということでもある様に思います。有意義で充実した対話を行える領域はまだまだ多く残っている、と思います。

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今回の「震災とセクシュアリティ」をテーマにした対話は次回以降も継続し、引き続き皆さんと考えていきます。今回ご参加くださった方はもちろん、ほかにもご関心を持ってくださっている方には、ぜひ、2月16日開催のてつがくカフェにご参加いただきたいと思います。皆さんのご参加をお待ちしています。

報告: 小松健一郎(てつがくカフェ@せんだい)

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◎ カウンタートーク

カフェ終了後に行っていたスタッフによる延長戦トークです。以下より視聴できます。
http://recorder311.smt.jp/series/tetsugaku/

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